【パワハラ防止法の簡単要約】罰則や会社の責務と予防策を解説!
2019/11/19日本を代表する大手自動車会社の男性社員(当時28)が自殺したのはパワハラが原因だったとして、労働基準監督署が労災認定したことを、新聞各社は大々的に報道しました。
パワハラの労災認定は、本人のメモがあっても録音や同僚の証言がないとなかなか認められないのが実情で、敷居が高いものでした。
この発表は、2019年5月に「会社にパワハラ防止を義務づける法律(パワハラ防止法)」が成立し、大企業は2020年6月から中小企業は2022年からの施行(法律の効力が発生する)にあたって社会に周知させ、パワハラ防止策を講じさせるための事前リークだと思います。
こういう場合、絶対つぶれない、知名度の高い超一流企業が選ばれます。
この法律、罰則規定はありませんが、国が義務つける措置をしない場合は、是正指導のうえ会社名が公表されます。
ただ、会社でパワハラの防止ができない状況が続けば、間違いなく欧米に倣って、パワハラ含めたハラスメント行為に対して、禁止規定ができることになるでしょう。
この法律で義務づけるパワハラ防止措置を怠ると大変なことになります。しかし、対策をうっても「絵にかいた餅」では意味がありません。
パワハラを無くす効果を上げる対策が必要になります。
そこで、会社のハラスメント対応で相談にのっている問題社員解決コンサルタントの坪根 克朗が「パワハラ防止法の指針(素案)」「パワハラの予防・解決策」「パワハラ対策で効果を出すための留意事項」についてお話していきます。
法案化の背景
なぜパワハラ問題も急に法案化に動きだしたのでしょうか。
以下の2つ背景が考えられます。
相談の急増
労働局へのパワハラを含む「いじめ・嫌がらせ」の相談は、2018年度で約8万2797件、前年度比14.9%(2016年→2017年 1.6%)増し、8年連続で労働局への相談でトップになりました。
そして、この問題をこれ以上放置できないと思って、法制化に踏み切ったと思われます。
国際労働機関(ILO)の国際条約に賛成
時おなじくして2019年6月に国際労働機関(ILO)が仕事上でのパワハラ・セクハラを禁じる国際条約を採択し、日本も賛成しました。
残念なことに批准には至っていません。
ただ、国際的にパワハラ含めてハラスメントを禁止する方向に動いているので、国としても無視できなくなったのではないでしょうか。
この条約では、仕事での暴力とハラスメントを「身体的、心理的、性的、経済的被害を引き起こす、または引き起こしかねない、さまざまな受け入れがたい振る舞いや慣行」と定義し、禁止する初めての国際基準になります。仕事の世界の範囲は職場だけでなく通勤中や休憩中、SNS(交流サイト)でのやり取りなども含み、社員のほか、就職活動中の学生やボランティアなども対象になります。2019/6/21 日本経済新聞
パワハラ防止法の中身気になりますよね。
それでは、2019年10月「職場におけるパワーハラスメントに関して雇用管理上講ずべき措置等に関する 指針の素案」発表されたので、この素案に基づいて、パワハラ防止法の内容をお話していきます。
パワハラ防止法の具体的指針(素案)
【パワハラ防止法・指針①】雇用管理上の措置義務
事業主(社長や役員)が雇用管理上行わなければならない措置義務とは、以下の4つになります。
そして義務を履行しない場合、事業主(社長や役員)に対して是正指導が行われ、あげくに是正指導に従わない場合、会社名が公表されます。
事業主によるパワハラ防止の社内方針の明確化と周知
事業主は、パワハラ防止のための方針を明確にしたうえで、社内の文書(就業規則、服務規律)、広報文書(社内報、パンフレット、会社HP)、社内研修、講習を使って管理職含めた全労働者に対して、以下の点を周知・啓発しなさいと言っています。
- パワハラを行ってはならない
- パワハラを行った者は厳正に処置する(懲戒規定の適用)
苦情などに対する相談体制の整備
相談体制の整備とは、以下になります。
- 相談窓口を定め、労働者に周知すること
- 相談窓口者の適切な対応(相談内容によって人事部と連携)をとること
被害を受けた労働者へのケアや再発防止
相談後の対応に関して、事業主に対して「迅速さ」「被害者ケア」「被害者への配慮」をもとめています。
- 相談内容にかかわる事実関係を迅速にかつ正確に確認すること
- その際、相談者の心身の状況に適切に配慮すること
- 確認にあって、第三者からヒアリングしても良い
- 確認できた場合は、被害者への措置(謝罪、配置転換、不利益の回復等)を行うこと
- パワハラ行為者には、措置(懲戒、被害者との関係改善等)を適正に行うこと
- 再発防止の措置(パワハラ行為者へ厳正な対処をしたことを告知等)を行うこと
パワハラを相談したことによる事業主からの不利益取り扱いの禁止
「社内相談窓口」「都道府県労働局への相談」「紛争解決のための調停申請」「調停の出頭に応じる」等を行った労働者に対して、事業主が「解雇」「不利益な扱い」等をしないことを労働者に周知・啓発しなさいと言っています。
【パワハラ防止法・指針②】職場のパワハラの定義の拡大
- 優越的な関係を背景とした言動
- 業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの
- 労働者の就業環境が害されること
において、上記3つの要素を全て満たす場合に相当する。なお、客観的にみて、業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導については、職場におけるパワハラには該当しない。
今回の指針で示されたパワハラの定義の中にある「職場」「優越的な関係」「労働者」「就業環境が害されるもの」については、厚生労働省が2012年に発表した「職場のパワーハラスメントの予防・解決に向けた提言」に比べて、解釈を広げています。
そのため今まで「対象ではない」と思っていたことも、パワハラに含まれます。
職場
職場は、業務を遂行する場所になりますが、通常勤務している事務所などの場所以外(通勤中、客先でのプロジェクトルーム等)でも含むようになります。
優越的な関係
優越的な関係と言えば「職務上の地位が上位の者」とだけ捉えがちですが、今後は「業務上の知識やノウハウをもっている同僚や部下」や「職場での集団いじめ」も対象になります。
労働者
労働者は、「正社員」だけでなく「パートタイム労働者」「契約社員」「派遣労働者」「他の労働者(取引先の労働者等)」も含まれます。
就業環境を害されること
就業環境を害されることの意味は、「パワハラによって労働者が身体的、精神的に苦痛を与えられ労働者の就業環境が不快になって、能力が発揮できない」ことになりますが、この判断に関して、指針では、「平均的な労働者の感じ方」すなわち社会一般の労働者が同じようなパワハラ行為を受けた時、就業環境を害されたと感じるケースでは、パワハラと判断していいと言っています。
しかし、一方で指針では、「パワハラに該当しない」ケースを具体例としてあげています。
【パワハラ防止法・指針③】パワハラ行為の具体例を示す
パワハラ行為と言われる6類型に対して「パワハラに該当」「パワハラに該当しない」例を具体的にあげています。
私は、この「パワハラに該当しない」例をあげたことに違和感を覚え、指針に入れることに反対です。
なぜなら、パワハラに該当しない例として「マナーを欠いた言動・・・」の例がありますが、回数とか、声大きさ、態度によってパワハラに該当してくるケースにもなります。
また、「パワハラする人の言い訳」や「事業主の責任逃れ」になる可能性があるからです。
【パワハラ防止法・指針④】パワハラ6類型に「経済的な攻撃」追加
上記の図①~⑥をパワハラ6類型として定義していましたが、今回から指針では、7番目として「経済的な攻撃」が加わることになりそうです。内容的には以下の3つになります。
経済的不利益・制裁
- 売上があがっていないので、自分で買えと何度も要求される
- 2週間欠勤したことに対する罰として、当月、翌月の給料を控除された
不当な評価(降格等)
- 成果の確認なしに、マイナス評価として降格・減給
- 言い分を聞かず、事実確認もなしに1回のミスで異動
成果や成果を上げる機会の取り上げ
不在時に担当する客が来たことを知らせず、他の社員の売り上げにする。
【パワハラ防止法・指針⑤】性的指向・性自認ハラスメントもパワハラ
性的指向・性自認ハラスメントもパワハラに含むようになります。
性的指向と性自認とは
性的指向(Sexual Orientation)とは、「恋愛・性愛の対象が異性 に向かう異性愛」「同性に向かう同性愛」「男女両方に向かう両性愛」を言います。
性自認(Gender Identity)とは、自分の性をどのように認識しているのかということになります。多くの人は「身体の性」と「心の性」が一致していますが、「身体の性」と「心の性」が一致せず、自身の身体に違和感を持つ人たちになります。
性的指向と性自認ハラスメントとは
性的指向と性自認の頭文字をとって、「SOGI(ソジ)ハラスメント」とも言い、以下のようなハラスメントになります。
- 自分もゲイと思われたくないから無視しよう
- 「ホモ」「オカマ」「男らしくない」「女らしくない」などとからかう
- 今のお客さんって、男?女?どっちだか分かんないよね
- いつまでも結婚しないと、ソッチの人だと思われるぞ
- 履歴書と性別が違うので、みんなの前では発表しなさい(カミングアウトの強要)
- 本人の了承なく、その人の性的指向や性自認について暴露する (アウティング)
カミングアウト(coming out)とは、これまで公にしていなかった自らの出生や病状、性的指向等を表明することを言い、逆に、他人の秘密を暴露することをアウティング(outing)といいます。
【パワハラ防止法・指針⑥】カスタマーハラスメントもパワハラ
「従業員に対する暴言や土下座の強要」「ネットへの誹謗中傷の書き込み」「顧客による過剰で悪質なクレームや迷惑行為といった」カスタマーハラスメントもパワハラ防止法の対象になります。
【パワハラ防止法・指針⑦】雇用関係がない人へのパワハラもダメ
ハラスメント問題は、雇用関係のある労働者に対して行うものとしていたのですが、今回の指針では、「就活生」「個人事業主(フリーランス)」「教育実習生」も対象に含むようになります。
パワハラの予防・解決策とは
会社がやるべき対応策
パワハラの予防や解決のために事業主がやらなければいけない対応策は以下になります。
実態の把握
社員全員に対して、アンケートなどを定期的に行なうことにより、「実態の把握」「対策後の改善度合いの把握」が可能になります。
指針に従った措置義務対応
言うまでもないことですが、法律に従った事業主に義務つけられた措置は必ず実施する必要があります。
トップメッセージの発信
トップや経営幹部が「職場からパワハラを絶対なくす」という強い意志を持ち、明確に示すことによって、はじめてパワハラ防止が効果的に進みます。
ルールを決めて、周知する
社内でも法律を受けて、関連規定の改版やガイドラインを作成して、会社全体への周知徹底が必要になります。
- 就業規則に関連規定を追加
- 労使協定の締結
- 会社の方針や取組をガイドラインとして作成
教育する
社員全員を対象として、「人権」「コンプライアンス」「マネジメント」研修の一環としてハラスメント問題についても組み込み、教育する必要があります。
相談窓口者の養成
相談窓口者には、対人支援できるスキルが要求されます。そのため、相談窓口の役割を明確にしたうえで、対人支援スキルを身に着けるよう養成するか、スキル保有者をアサインする必要があります。
被害者としての対応策
労働局の相談窓口・紛争解決の利用
中小企業で相談窓口の適任者がいなくて、設置が難しい場合は、労働局の相談窓口・紛争解決(無料)を利用する手もあります。
パワハラを受けた時の対処法
「パワハラを受けた時の対処法」についてわかりやすいブログがありますので、読んでみてください。
管理職が加害者にならないために
パワハラは管理職が加害者になるケースが多いですから、自らがパワハラをしないことが重要になります。
私が管理職向けにパワハラを起こさない方法についてブログを書いていますので読んでみてください。
パワハラ対策で効果を出すための留意事項
パワハラ対策で効果を出すための留意事項をいくつかお話したいと思います。
相談窓口の中立性・公平性
パワハラ行為では、「上司が部下への行為」が断トツに多いこともあり、相談窓口の利用率が悪いと聞きます。厚生労働省の調査によると、相談に行かない理由として「何を言っても解決にならない。所詮偉い人の味方をする」「職務上不利益が生じると思った」等があげられているそうです。
これでは、相談窓口を作っても意味はありません。
したがって、相談窓口を効果的に運用するためには、以下のようなことが重要になるのではないでしょうか。
- 窓口の位置づけを、中立的にし、公正に運営できる仕組みにする
- 対人支援のスキルを持った担当者が対応し、利用しやすい環境を作る
衛生委員会の活用
パワハラ行為は、被害者に対して、メンタル面において重要な問題を引き起こします。
事業所単位で行われている衛生委員会では、中立・公平な組織として、日頃から社員の「安全衛生」「健康(メンタル含む)」について、話し合っているので、この委員会でもパワハラ問題を扱ってもいいのではないでしょうか。
この考えを厚生労働省の方に聞くと、今後の指針の中に盛り込まれる可能性もあると言っていました。
安全衛生法に基づいて、事業者は常時50人以上の労働者を使用する事業場ごとに、「産業保健従事者」「人事」「社員の代表」が集まり、「衛生」や「労働者の健康障害の防止及び健康の保持増進に関する重要事項」に関することを調査審議し、事業者に意見を述べるために定期的に開く委員会のことになります。
まとめ
ILOによると、職場のハラスメントを刑事罰や損害賠償の対象として直接禁止する国は、調査した80カ国中60カ国で、日本では、条約が求めるハラスメントを直接禁止したり、制裁する規定はありません。
また、先進7カ国(G7)の中でもこうした規制がないのは、日本だけという状況です。
2018年までは、パワハラ問題については、2012年に発表した「職場のパワーハラスメントの予防・解決に向けた提言」にしたがって、各会社での自主性にゆだねていました。
そして、2019年法制化、2020年から施行してどうなるか・・・
ただ、これからの会社は、パワハラに限らずハラスメント防止策を講じていかなければ会社の社会的責任(CSR)を果せない会社として位置づけられてしまいます。
ハラスメントを犯す問題社員の対応だけでなく、会社としてのハラスメント対策を知りたい方は、坪根キャリアコンサルティングOfficeまで相談をお寄せください。